第84回 雪見酒の遠足「酒の道を歩こう ― 右に寄ったり左で呑んだり」
日程
- 2020年2月1日(土)
案内人
- 大槻晃実(芦屋市立美術博物館学芸員)、作花麻帆(西宮市大谷記念美術館学芸員))
解説者
- 笠井今日子(西宮市立郷土資料館学芸員)、大浦和也(白鹿記念酒造博物館学芸員)
日本有数の酒どころとして名高い西宮で、清酒造りが始まったのは江戸時代前期からとされています。中期には江戸への酒の輸送も確立され、「下り酒」として人気を博しました。さらに後期になると西宮の地下水「宮水」の酒造適性が確認され、ますます発展していきました。
その勢いは、えびす宮総本社として知られる西宮神社に、酒造家が寄進した数々の石造物からも窺い知ることができます。明治以降は酒造技術の近代化とともに一層の発展を遂げ、今津郷・西宮郷・魚崎郷・御影郷・西郷からなる「灘五郷」を形成し、日本一の酒造地帯としての地位を不動のものとしました。現在でも12の酒造会社が軒を連ねる西宮では、町の形成にも酒造家が深く関わっており、大正期には上水道整備費、昭和期には市役所庁舎や市立図書館の建設資金が寄付されていました。
今回の遠足では、在来産業である酒造業を基盤に発展を遂げた阪神間における町の近代化のありようを知ることを目的とします。ナビゲーターとして、西宮市立郷土資料館と白鹿記念酒造博物館を迎え、石造物・酒蔵建築、映像資料や古文書など様々な史料から考察を深めて参ります。
報告記事市太 佐知 ICHIDA Sachi(姫路文学館)
2020年3月1日、兵庫県西宮市で開催された文化資源学会の遠足。テーマからも察せられるとおり、西宮はお酒の町です。江戸時代前期に清酒作りが始まり、江戸時代中期には江戸に「下り酒」として輸出され人気を博したといいます。しかも遠足開催日は新酒の初絞りを酒蔵が振る舞う初日。左党の集う会に行って馴染めるだろうか…?緊張しつつも参加いたしました。
当日は晴天に恵まれました。集合場所は阪神西宮駅。阪神西宮駅とJR西宮駅とは徒歩にして15分ほどの距離があり、西宮の町を歩きながら集合場所へ向かいました。案内人は芦屋市立美術博物館学芸員の大槻晃実氏、西宮市大谷記念美術館学芸員の作花麻帆氏。
まず訪れたのは蛭児大神(えびす様)の全国総本社、「西宮神社」。解説は西宮市立郷土資料館学芸員の笠井今日子氏。表大門(赤門)は改修工事中でしたが、1月に行われる十日えびすでの開門神事・福男神事のスタート地点で、ニュースでもよく見られる有名な場所です。広い境内に入ると、そこかしこに植わった松と灯篭。西宮神社は江戸時代から海路を通じて全国に縁があり、関東の村の名義で奉納された石灯籠もあります。
併設された「えびす信仰資料展示室」にはえびす様に関連するグッズが全国から収集されており、神符、土鈴、ジグゾーパズル、テレホンカードやビール缶、神棚など、ゆかりの品々が幅広く展示されていました。
拝殿の脇にいる銅像神馬は、白鷹酒造の辰馬悦叟氏が奉納したもので、皇居前広場の大楠公像が跨っている馬の作者でもある後藤貞行の作。樽酒も多く奉納されていて、酒造家の奉納した石造物の数々に町の発展の勢いとお酒との関わりの深さが見受けられます。
次に、お酒の名所・灘五郷の名酒に欠かせない宮水(みやみず)発祥の地へ。解説は西宮市大谷記念美術館学芸員の作花麻帆氏。本報告にあたっても宮水についてご助言をいただきました。この水で作るお酒は、夏を過ぎても腐らず、時間を置くほど味が冴えるという特質があるそうです。全国的にも特別な水質で、リン・カリウムの多い伏流水2筋と酸素の多い伏流水の3筋の伏流水の合流する限られた場所だけで採取できるものです。
元々海だった場所を流れる伏流水にはリン・カリウム・鉄分が含まれ、リンとカリウムは酒造りの酵母の発酵を盛んにする性質があります。一方、鉄分はお酒に色がつき味も悪くなるので普通酒造りに向かないのですが、酸素の豊富な伏流水が合流することで、酸素が鉄分を酸化させ除去します。こうしてお酒造りに最適な「宮水」が生まれます。
それぞれの伏流水は地下3mの浅い場所を流れていて、都市開発の影響を受けやすく、戦前は、港の整備や、清酒生産の拡大による汲み上げ量の増加に伴い、水中の塩分濃度上昇が問題になりました。戦後は戦災による汚染や高潮、インフラ整備に伴う問題に直面します。
1924年には宮水保護調査会、1955年には宮水保存調査会が立ち上がり、専門家たちと共に宮水が守られました。伏流水に影響を与えない地点に建てるために、現在の西宮の高速道路の橋脚の間隔は不均等になっています。陸橋の上から間隔の差を確認しました。
西宮には、現在も12の酒蔵があり、町の形成にも酒造家が深く関わっています。大正期には上水道整備費、昭和期には市役所庁舎や市立図書館の建設資金が寄付されていました。
宮水の採集地点には、いまでも西宮だけでなく灘五郷の酒造メーカーが酒作りの水を汲むための土地を持っていて、一帯の汲み取りスポットには名立たる酒造の看板が並んでいます。道路に停車する汲み取り用と思しきタンクカーを眺めながら歩きます。
経路の途中には酒蔵も。初絞り酒の特別販売と銘打って、個人でワンカップの新酒が楽しめる趣向のイベントが行われていました。買った傍から蔵前のアスファルトに座り金網を背もたれに新酒を試す近隣の方も見受けられ、一足早い西宮の春の風景に遠足の合間を縫って瓶を求める参加者の姿も思い出の一コマとなりました。
白鹿記念酒造博物館に到着し、記念館に入る前にまずは宜春苑(ぎしゅんえん)を見学。大正6年に本社社屋として建てられ、現在は改築して保存されている、故事に因んだ銘の建物です。「白鹿」は長寿の象徴といいます。玄宗皇帝の時代、宮中に迷い込んだ白い鹿の角に「宜春苑中之白鹿」と碑があり、唐の時代を千年さかのぼる漢の武帝の時代から生きた鹿と分かったという言い伝えに由来するそう。
宜春苑では昭和4年西宮市立図書館・市役所庁舎竣工時の映像、昭和38年の酒作り、辰馬喜十郎邸の紹介映像を視聴し、町と酒造の関わりの深さを伺いました。
そして、記念館へ。酒造にまつわる史料は宮水・原料米関係にとどまらず、運搬のための牛車専用道拡張願、西宮神社と白鹿酒造(辰馬家)の関係、酒造に留まらない汽船事業の展開に伴って海外向けにマッチも作っていたことなど、白鹿記念酒博物館学芸員の大浦和也氏に解説いただきました。
清酒「白鹿」を作る辰馬本家酒造が明治2年に建てた酒蔵を利用した「酒蔵館」には阪神淡路大震災の際の被害を残した展示や、酒造りに使う大きな桶などの道具がありました。震災資料の見学の一環で来た小中学生は、発酵の過程や御猪口コレクションなど、お酒にまつわる品々を目にすることが出来ます。
「記念館」では季節にあわせた山桜や里桜の保護育成に努めた笹部新太郎氏の収集した書画、美術工芸品、書籍5000点に及ぶ桜のコレクションのうちの一部の紹介。丸平文庫の特別出展による展示「令和を寿いで」雛飾りが展示されていて、花見連の立像や狆引き官女、雛人形たちだけでなく鼠を大名にした十二支行列の人形もありました。
懇親会は白鹿クラシックスで行われ、酒粕鍋を中心にお酒づくしの御馳走が並びました。お酒造りを大切にしてきた土地の歴史を体感する一日の締めくくりの賑やかな宴席となりました。
清酒の町の賑わいを体感し、コロナウィルスによる外出自粛の直前、五感と好奇心を刺激する遠足の醍醐味を味わいました。
行程
12:00 阪神西宮駅西口改札集合
↓(徒歩15分)
12:15 西宮神社
(1時間30分ほど見学 *うち1時間は西宮市立郷土資料館 笠井学芸員による解説)
↓
13:45 酒蔵通りや酒蔵周辺など酒造会社と町づくりに関連のある場所を歩きながら移動
宮水関連施設(宮水井戸群(中に入っての見学は不可)、宮水発祥の地石碑)
酒蔵(寶娘:蔵開き実施日)
↓
14:20 白鹿記念酒造博物館 (大浦学芸員による解説)
宜春苑(40分:@昭和38年の酒造り(15分弱)A昭和4年西宮市立図書館・市役所庁舎竣工時の映像(5〜7分)B家物語 辰馬喜十郎邸(3分))
→移動(10分)
→酒蔵館(30分:「大海原へ!辰馬汽船」と白鹿館関係資料)
→記念館展示(30分:@美酒運ぶ樽廻船 A節句の人形展(丸平大木人形店の特別出展)B笹部さくら資料室)
→記念館2F資料閲覧(50分:宮水・原料米関係の史料、牛車専用道拡張願、のほか西宮神社や地域と弊社の関係がわかる史料、白鹿館関係史料(接待関係)、マッチ関係史料)
↓
17:00 辰馬喜十郎邸外観見学(15分ほど)
17:30 白鹿クラシックスにて懇親会