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第81回 残暑の遠足 「目黒に1920年代-1930年代の美術と建築を訪ねる」

日程

  • 2019年8月24日(日)

案内人

  • 松隈 章(竹中工務店・聴竹居倶楽部)、降旗千賀子(フリーランス・キュレーター、元目黒区美術館学芸員)

解説者

  • 山田真規子(目黒区美術館 学芸係長) 、神保京子(東京都庭園美術館 学芸員)

目黒区で開催中の美術と建築をテーマとしたふたつの企画展を訪ねます。

東京都庭園美術館「1933年の室内装飾 朝香宮邸をめぐる建築素材と人びと」
1933年に竣工した旧朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)の建築としての魅力を紹介する、年に1度の建物公開展です。今回は、室内を構成する要素―木材や石材、タイル、壁紙、家具など―に焦点を当て、その素材や技法、携わった職人や企業について、当時の工事仕様書やカタログ等の資料から解き明かすことを試みます。本展を通して、日本のものづくりを支えた人々の仕事に改めて光を当てる機会とするとともに、文化財としての建築の一つの見方や楽しみ方を提示することを狙いとしています。

目黒区美術館「太田喜二郎と藤井厚二 日本の光を追求した画家と建築家」
京都を代表する洋画家、太田喜二郎(1883-1951)と、環境共生住宅の原点として国の重要文化財に指定されている「聴竹居」で近年特に注目を集めている建築家の藤井厚二(1888-1938)と言う同時代を生きた画家と建築家と言うユニークな視点に着目した企画展です。太田喜二郎は、東京美術学校卒業後、師 黒田清輝の勧めでベルギーに留学し、帰国後は、点描表現で農村風景を描いた明るい洋画で注目を集めたことが知られています。さらに京都大学工学部講師として建築学科で太田がデッサンを教えていたことにより武田五一や藤井厚二などの建築家とも親しい関係にあったことが明らかになってきました。大正期、京都に建築された《太田邸》(1924年竣工)は、藤井の設計によるもので、北側採光をうまく取り入れたアトリエを持つモダンな住宅です。この太田家の設計に関する藤井のスケッチや、藤井との交流の様子を示す絵巻物・書簡などの所在が確認されるなど、京都文化博物館の研究チームによる調査が進んでいます。本展は、太田研究を進めている京都文化博物館と、収集方針の一つに日本人美術家の滞欧米作をあげ、太田の滞ベルギー作品を収集し、さらに建築やデザインに関する展覧会を積極的に取り組んでいる目黒区美術館との共同研究により開催されています。

目黒に1920年代-1930年代の美術と建築を訪ね、時代の息吹を体感する「遠足」です。

報告記事月本 寿彦 TSUKIMOTO Toshihiko(茅ヶ崎市美術館)

残暑と雖も未だ猛暑の8月24日、参加者は目黒駅に9時30分に集合した。東京都庭園美術館まで徒歩およそ10分、開館したばかりの同館を見学する。展覧会は「1933年の室内装飾 朝香宮邸をめぐる建築素材と人びと」。内容は以下の通り(ホームページより抜粋)。


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素材から読み解く、朝香宮邸の建築の魅力

本展は、1933年に竣工した旧朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)の建築としての魅力を紹介する、年に1度の建物公開展です。今回は、室内を構成する要素―木材や石材、タイル、壁紙、家具など―に焦点を当て、その素材や技法、携わった職人や企業について、当時の工事仕様書やカタログ等の資料から解き明かすことを試みます。本展を通して、日本のものづくりを支えた人々の仕事に改めて光を当てる機会とするとともに、文化財としての建築の一つの見方や楽しみ方を提示することを狙いとしています。

朝香宮邸について

朝香宮邸正面朝香宮家は、久邇宮朝彦親王の第8王子鳩彦王が1906年に創立した宮家です。鳩彦王は、フランスに留学中に交通事故に遭い、看護のため渡欧した允子妃とともに、1925年まで長期滞在することとなりました。図らずもアール・デコの全盛期に滞欧することになったご夫妻は、その様式美に魅せられ、帰国後自邸の建設に当たりアール・デコの精華を積極的に取り入れました。主要な部屋の設計をフランス人装飾美術家アンリ・ラパンに依頼し、日本側では宮内省内匠寮の技師、権藤要吉がその設計に取り組みました。朝香宮邸は、朝香宮ご夫妻の熱意と、日仏のデザイナー、技師、職人が総力を挙げて作り上げた芸術作品と言っても過言ではありません。現在は美術館として使われていますが、フランス直輸入のアール・デコ様式を今日まで正確に留め、昭和初期の東京における文化受容の様相をうかがうことができる貴重な歴史的建造物として、国の重要文化財に指定されています。 

以上抜粋終わり。

リニューアル(2014-18年の期間。2018年3月21日総合開館)後の東京都庭園美術館に初めて入る。学芸員の神保京子さんに解説していただきながら見学させていただく。ふだん音声ガイドなどはまったく使わないが、人語を介しての見学はやはり理解力が高まるようである。
建物の全公開は年に一度とのことであり、普段なかなか見られない部屋や調度品が見られる貴重な機会である。リニューアル期間中にクリーニングされたルネ・ラリックによるシャンデリア(ガラスの照明装飾)は透明感が増してオリジナルの姿に戻っている。

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同様にソファや家具、壁紙も布が新しく張り替えられたり、修復がなされたりしたことで1933年竣工当時の面影がよりリアルに再現されているようだ。木材や石材、タイル等含めた建築素材の仕様書やカタログなども展示され、より詳しく理解することができる。
上記の紹介文にも記されているが、允子(のぶこ)妃と鳩彦(やすひこ)王という当時30代の貴人二人がパリでリアルタイムに体験したアール・デコ様式建築を国内に作ろうとしたのは、美意識に燃える若い執念と彼等の思いを支えるだけの立場や財力があってのことだろう。宮内省内匠(たくみ)寮の技師をフランスに留学させ、アール・デコ様式の記念碑的展覧会「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」(1925年開催、通称アール・デコ博覧会)を見学し、アール・デコ様式を代表する装飾デザイナー、アンリ・ラパンやルネ・ラリックにメインとなる装飾を依頼、材料を船で運ばせ、宮内省内匠寮の職人らによって5年の歳月を費やして作られた。その5年間は、夫婦にとって共通の夢に邁進する幸福な時間だったのではないかと想像する。竣工後まもなく允子妃は亡くなった。
世界でもまれな、アール・デコ様式で統一された大型住宅である朝香宮邸は、戦後の1947年朝香宮が皇籍から外され転居すると、吉田茂が外務大臣公邸として、内閣総理大臣に就任後も住まい続けた。その後、国の迎賓館、西武鉄道による「白金プリンス迎賓館」として使われ、鳩彦王が亡くなった1981年東京都が購入。2年後に庭園美術館として開館した。本展覧会は建築素材やそれに関わる人々に焦点を合わせた内容ながら、筆者の思いはかつてそこに暮らした人々や歴史に向いてしまう。

建物見学の楽しみはディテールの魅力を味わうことである。幸い東京都庭園美術館にそれらの魅力は尽きることがない。壁紙や窓の把手の装飾、室内の空間、そしてそこから見える景色等々。記したいのはやまやまだが、きりがないので画像のみ紹介して割愛する。

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しかし、限定公開された「ウィンターガーデン」にはわずかでも触れておきたい。
ウィンターガーデンとは、最上階に設けられたガラス張りの温室で、花を置く台や水やりに使う蛇口や排水口が備え付けられている。しかし単なる園芸趣味で作られた部屋とはとうてい思えない、市松模様の床と壁がモダン過ぎる印象を与える。さらに小さく分割された窓の一つ一つが開閉できる凝りようは、目的が分からないほどである。1932年東京松坂屋で開催された「新興独逸建築工芸展」で鳩彦王自らが購入したマルセル・ブロイヤーデザインの椅子を配置するあたりに、王のハイセンスぶりがうかがえる。機能から離れた、眺めが良いだけの部屋。生涯に一つでもこうした部屋を所有したいものである。

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その後は各自お昼を挟み、目黒区美術館へ。同館では「太田喜二郎と藤井厚二 −日本の光を追い求めた画家と建築家」が開催されていた。館内の撮影が禁じられていたので、掲載する写真はこの1点のみとなる。

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恥ずかしながら太田喜二郎については、名前と数点の点描による明るい油彩画をおぼろげに覚えている限りで、まとまった作品を見るのは今回が初めてとなった。ましてや藤井厚二についてはまったく予備知識が無い。二人の関係と展覧会の概要については同館のホームページに記載されているので以下に抜粋してみよう。

京都を代表する洋画家 太田喜二郎(1883〜1951)は、東京美術学校卒業後、師 黒田清輝の勧めでベルギーに留学し、帰国後は、 点描表現で農村風景を描いた明るい洋画で注目を集めたことが知られています。点描表現や印象派を日本にもたらした画家として、紹介、研究されてきましたが、1917 年頃より、点描を棄て平明な洋画へと画風を変貌させて以後のことについては、従来、十分な研究がされてきたとはいえませんでした。しかし、近年、太田 の幅広い人間関係を評価し、太田と他分野との深い関係の研究が進められています。

2017 年には、太田と京都帝国大学の考古学者 濱田耕作の関係を取り上げた京都文化博物館による「京都の画家と考古学—太田喜二郎と濱田耕作—」展が開催されました。そのほか、東洋史学者の内藤湖南や羽田 亨など、大正期の太田がさまざまな研究者と密接な交流を持っていたことが徐々に紐解かれています。さらに 京都大学工学部講師として建築学科で太田がデッサンを教えていたことにより武田五一や藤井厚二 (1888〜1938) などの建築家とも親しい関係にあったことが明らかになってきました。

大正期、京都に建築された《太田邸》(1924 年竣工)は、藤井の設計によるもので、北側採光をうまく取り入れたアトリエを持つモダンな住宅です。この太田家の設計に関する藤井のスケッチや、藤井との交流の様子を示す絵巻物・書簡などの所在が確認されるなど、京都文化博物館の研究チームによる調査が進んでいます。

広島県福山市に生まれた藤井は、東京帝国大学の建築科を卒業後、竹中工務店を経て京都帝国大学建築学科に着任します。海外視察の時に見聞した西洋の様式と日本の気候風土を融合させた環境工学を研究し、「日本の住宅」を追求しました。その究極が、何度も実験を繰り返した京都大山崎にある自邸《聴竹居》(重要文化財)です。日本の住宅にモダンな要素が加わった上に、構成が斬新なこの自邸は、自然の環境をとりこんだ空間として、近年話題になっている建築です。

本展は、太田研究を進めている京都文化博物館と、収集方針の一つに日本人美術家の滞欧米作をあげ、太田の滞ベルギー作品を収集し、さらに建築やデザインに関する展覧会を積極的に開催している目黒区美術館との共同研究により開催します。

以上抜粋終わり。
チラシは以下のサイトからダウンロードできる。
https://mmat.jp/static/file/exhibition/2019/20190713_0908flyer.pdf

入館後ざっくりと展示を見学。太田喜二郎が留学先のベルギーにおいて、印象主義に影響された点描描写によって自然を描く画家、エミール・クラウスのもとで絵画を学んだ際、あまりに師匠から厳しく指導されるので自らの目に欠陥があるのではないか疑ったというエピソードが解説にあり、切なくなった。しかし、それも最初のころで、やがて実力を高めていくのだが、どうやらこの画家は、天才的な能力で対象を掴むというよりも、努力に努力を重ねて少しずつ技術を習得するタイプではないかと思うようになった。デッサンと色彩感覚が、制作順に従って上達しているが、最後まで師匠の世界観から脱却できず、線は慣れてきても、どこかに破綻する不安な要素が隠れているように見えるからである。もしかしたら本当は人物画が不得手なのかもしれない。日本に戻ってからしばらくは点描法で水田と農民をモチーフに新鮮な作品を残したが、やがて点描法から離れ平明な画面に移行した。
京都帝国大学で太田と同僚だったのが、建築家の藤井厚二である。藤井は太田の住居やアトリエを手がけ、ともに茶会を開くなど深い交流があったようだ。
さらに藤井厚二の建築にスポットをあてた展示が続く。伝統的な日本住宅の様式に西洋のモダンデザインと環境工学を加味した新たな「日本の住宅」を研究、実践した。その成果は重要文化財の「聴竹居」に代表される。
展示を拝見して得たそれらの知識をもとに講演会「建築家・藤井厚二を語る」に出席。定員70名とのことだが、聴講生は遥かに多く、学習への意欲が感じられるとともに、優れた普及活動を継続している目黒区美術館の地域への貢献ぶりがうかがえた。
講師は、かつて福山に建設された藤井厚二設計の「鞆別荘」の発見、そして同じく福山出身の建築家・前田圭介さんの協力で「後山山荘」としての再生事業に深く関わった、ふくやま美術館の前副館長・谷藤史彦さんと竹中工務店に在籍しながら近代彫刻の研究や保存に尽力する松隈章さん。展覧会担当学芸員の山田真規子さんの司会進行によって進められた。お二人のお話しから、風や日光などの自然現象をうまく冷却や換気、照明に利用し、またそれら自然による被害を緩和させる環境工学を意識しつつも、機能と融合した簡素かつ優美なモダンデザインを多用しながら、住む喜びを追求し続けた藤井厚二の特異性が際立った。自然環境の変化が問われる現代こそ重要視される環境共生の思想に貫かれた住宅(聴竹居)が、すでに1928年に作られた事実に改めて驚かされる。
その後、予定外の山田さん、松隈さんのギャラリートークを伺う機会に恵まれ、とても充実した時間を過ごすことができた。

朝香宮邸が竣工されたのは1933年、聴竹居は1928年、アラウンド1930年というくくりで見れば双方はほぼ同時代の建築物と言えるだろう。しかし一方は西洋の流行最先端の意匠によって装飾が施され、一方は日本の伝統的な住居様式を換骨奪胎してユニバーサルかつモダンな環境共生型住宅となっている。異なる価値観の軸に沿って作られているが、それぞれ魅力的であった。試したことはないが、上質なヌーベルキュイジーヌと、熟練の板前による研ぎすまされた創作和食を同時に食べたような感覚が、今回の遠足を終えた感覚に近いかもしれない。


行程

 目黒駅を徒歩で出発(9:45)
 → 東京都庭園美術館(10:00-11:30)の企画展見学、建築見学
 https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/190720-0923_Interior.html
 → 目黒区美術館(13:00-17:00)の企画展見学、講演会参加
 https://mmat.jp/exhibition/archive/2019/20190713-64.html


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