第55回 雪解けの遠足 「多摩全生園の過去と現在を歩く」
日程
- 2014年3月2日(日)
案内人
- 春日恒男(現地ガイドと解説を担当)
国立療養所多摩全生園の前身は、1909(明治40)年設立の公立療養所全生病院(以下、「全生病院」)である。全生病院は1907年制定の「癩病予防ニ関スル件」により全国五か所に設置されたハンセン病療養所の一つであった。この法律により各地を浮浪するハンセン病患者の収容が始まり、1931(昭和6)年制定の「癩予防法」によりすべての患者の強制隔離が実施された。1953(昭和28)年、「らい予防法」として改正されたものの、1996(平成8)年の「らい予防法の廃止に関する法律」制定に至るまで、その隔離状態は継続された。1907年以来90年の間、ハンセン病患者は<国家>の手により全人生を奪われてきたのである。
この多摩全生園に隣接する国立ハンセン病資料館は、「わたしたちの社会に同じ過ちがくりかえされないことを願って」設立された博物館である。1993(平成5)年に開館し、本年(2013年)で20周年を迎えた。しかし、「わたしたちの社会」は本当に「同じ過ち」を繰り返さないと言えるのであろうか。<基本的人権の尊重>を旨とする日本国憲法施行後も隔離状態は継承され、多くの日本人がそれを黙認した事実を振り返るとき、その疑念を禁じ得ない。
現在、多摩全生園は入所者生活区域を除き、「いのちとこころの人権の森」(2010年3月宣言)として入所者と地域住民の交流と学びの場として活用されている。開館以来20年が経過し、「わたしたちの社会」は何が変わり、そして、何が変わらなかったのであろうか。この「人権の森」に点在する「全生病院」遺跡を辿りながら考えてみたい。