第41回 入梅の遠足 「飛鳥山に渋沢栄一を訪ねる」
日程
- 2011年6月25日(土)
案内人
- 安江(小出)いずみ(渋沢栄一記念財団実業史研究情報センター長)
解説者
- 井上潤氏(渋沢栄一記念財団渋沢史料館館長)
江戸のころから有数の名所であった王子飛鳥山に渋沢栄一が別邸を設けたのは明治10年のことである。その当時本邸は深川福住町に構えたものの、渋沢の活動拠点は兜町にあり、明治21年には、錦絵でよく知られる第一国立銀行のすぐ裏手、日本橋川に臨む川縁に、辰野金吾設計になるヴェネチアン・ゴシック様式の「お伽噺のような」(谷崎潤一郎『幼少時代』)西洋館を建て、ここを住まいとした。したがって、飛鳥山邸とは激務から解放される別荘、さらには迎賓館であったが、明治34年になって、兜町邸を事務所、飛鳥山邸を本邸とした。渋沢自身が陶淵明の詩「帰田園居」にちなんで曖依村荘と名付け、同年晩秋には庭園を会場に盛大な還暦祝いが催された。
還暦を祝して、渋沢の銅像も第一銀行中庭に建立された。明治の彫刻家長沼守敬の手になるいかにも古風な立像は、転々としたあと、飛鳥山に奇跡的に現存している。本邸は失われたものの、喜寿祝いに清水組から贈られた洋風茶室「晩香盧」(田辺淳吉設計)、傘寿祝いに竜門社から贈られた書庫「青淵文庫」が残り、ともに重要文化財に指定されている。なお、渋沢の教えを伝える竜門社は、戦後、財団法人渋沢青淵記念財団竜門社、さらに公益財団法人渋沢栄一記念財団と名を変え、昭和57年には飛鳥山に渋沢史料館を開設した。渋沢栄一の足跡を訪ねるとともに、渋沢史料館の活動を知る機会としたい。
「飛鳥山に渋沢栄一を訪ねる」報告記事蔵田 愛子 KURATA Aiko
2011(平成23)年6月25日曇り空のなか、北区飛鳥山に所在する渋沢史料館を訪れた。この史料館は北区飛鳥山博物館や公益財団法人紙の博物館と並んで建つ「飛鳥山3つの博物館」の一つであり、渋沢栄一(1840-1931年)という個人を顕彰する施設である。
個人の遺業を記念してつくられた施設は数多くあるし、私自身そうした記念館で働いているのだが、さて、それぞれの記念施設はどのように運営されているのだろう。そんなことを考えながら参加した今回の遠足では、渋沢史料館の成り立ちや現在にいたるまでの歩み、近年の活動にかんする貴重なお話を伺った。
当日は渋沢史料館の会議室に集合、渋沢栄一の人物像をまとめた映像を鑑賞したのち、館長井上潤氏よりお話を伺った。さらに2階の展示室も見学した。
1982(昭和57)年に開館した渋沢史料館は正式名称を「渋沢青淵記念財団竜門社付属渋沢史料館」という。その名に竜門社とあるように、この史料館は、渋沢栄一を慕い集まった経済人の活動団体である竜門社を母体とする。井上館長によると、渋沢史料館の成り立ちには竜門社による二つの活動が関係しているという。一つは日本実業史博物館の設立構想、もう一つは『渋沢栄一伝記資料』の編集刊行事業である。
日本実業史博物館の設立は、経済人で民具研究者としても知られる渋沢敬三が提案したもので、近世から明治にかけての経済の歩みを紹介し、渋沢栄一の偉業を記念するために計画された。1939(昭和14)年には博物館建設の地鎮祭がとり行われるも、開館は実現しなかった。設立に向けて収集された資料は、現在、国文学研究資料館で保存されていると聞いた。『渋沢栄一伝記資料』の編集刊行事業のほうは、1954(昭和29)年に編集が開始され、1971(昭和46)年までに全68巻が刊行されたという。
2003(平成15)年から近年にかけては、「実業史」を史料館構想の柱とし、渋沢栄一関連情報の収集や発信に力を入れているとのことだった。展示や図書だけでなく、ウェブサイトでも「企業史料ディレクトリ」や「実業史錦絵プロジェクト」といった項目ごとに、渋沢栄一や実業史に関する情報が公開されている(http://www.shibusawa.or.jp)。
個人の顕彰にとどまることなく、「実業史」という枠組みで資料や情報を収集し、公開する渋沢史料館。竜門社にはじまる着実な歩みを実感しながら、同史料館をあとにした。
渋沢史料館の見学につづいては、飛鳥山公園に隣接する旧渋沢庭園をめぐった。毎週土曜日に一般公開される二つの建物、「晩香廬」の談話室と「青淵文庫」の閲覧室を見学、さらに庭園内を歩き、渋沢栄一の銅像や兜稲荷社、茶室「無心庵」の跡などを見て歩く。
遠足の帰りには、飛鳥山公園内を散策しながらJR王子駅方面へと向かった。公園を歩いてみると碑や像が目につく。花見の名所に関連した「飛鳥山碑」や「桜の武の碑」の石碑、北村西望による「平和の女神像」、観音像まであった。そういえば、遠足の集合前に立ち寄った紙の博物館に「明治初期の製糸工場の記念碑」コーナーがあったことも思い出す。飛鳥山に点在する記念碑や像の存在が気になる遠足でもあった。
渋沢史料館や旧渋沢庭園を案内してくださった井上潤氏や安江いずみ氏、関係者の皆様にお礼申し上げます。