トップページ > 遠足 > 第57回

第57回 雨期の浮き浮き遠足  「20世紀の夢屑置き場へ、東宝撮影所見学」

日程

  • 2014年6月14日(土)

案内人

  • 高橋世織(日本映画大学、会員)

解説者

  • 熊澤誓人(日本映画大学、映画監督、元東宝社員)
サンプルイメージ

かつて、映画監督という職能人は映画会社の一社員として安定した給与をもらうサラリーマンでした。何処に所属したのかと云えば、制作現場である撮影所(スタジオ)です。撮影所長は社長に次ぐ地位にありました。撮影所は単に映画を撮影製作する場所ではなく、演出のみならず、撮影でも録音でも美術でもそれぞれのリーダーが監督を名乗るように、各パート聯合の教育・養成機関、俳優養成所でもありました。

日本では20世紀の初めにスタジオが出来ましたが、なぜか当初から「ステージ」(ステと略称)という呼称を使っており、今なおステージと呼び習わしています。演劇と通底した名残りでしょう。

日活は1912年(ハリウッドとほぼ同時期です)、歌舞伎を手掛けて来た松竹キネマは1920年の設立です。現在、松竹撮影所は蒲田も大船も跡形もなく、日活と1937年創業の東宝の撮影所が機能しているだけです。

映画は19世紀末に誕生したその時から、均一料金を取った娯楽産業で、しかも当時最先端の機械仕掛けの見世物興行です。業界言葉で、夜でも人に会うと「お早う」と挨拶しますが、時間も光も空間も、時代そのものの空気も統御し再現し続けられるスタジオが彼らの職場だからです。

 「夢の缶詰工場」(フィルムは缶に詰め運搬・保管されます)と言われた撮影所には、今なお大量の夢屑置き場の空気が残っており、タイムマシーンに乗ったような錯覚に陥ることでしょう。上を向いて歩こう。途轍もなく高い天井や照明・撮影器具等に注意しながら見学ください。下も向いて歩こう。土のステージも残っています。

サンプルイメージ

東宝=東京宝塚であり、宝塚のスペクタクルな見世物文化の伝統が特撮技術を育成発展させ、円谷英二(特技監督)、本多猪四郎監督、田中友幸製作(プロヂュ―サ―)の黄金トリオによる日本初の特撮怪獣映画『ゴジラ』(1954)が誕生しました。体長50mのゴジラ映画は、内外の特撮映画の御手本となり、東宝のドル箱に。今年は《還暦ゴジラ》記念の年でもあります。黒澤明の『七人の侍』もまた、ここ砧の撮影所で最期の霙交じりの壮絶な決闘シーンが同じく54年に撮影されました。

東宝撮影所はいまも当時の地名「砧」由来でキヌタ撮影所(関係者はタヌキ(狸))とも呼ばれています。12のステージを保有。かつて4ステは忌み言葉から欠番。8ステ、9ステは東洋一のステージ。水を張るだけで4、5日かかる巨大プールもありました。

ページトップへ戻る
文化資源学会 All rights are reserved. ©2002-2017.