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第35回 初春の遠足  「タウトの遺産<旧日向邸>訪問」

日程

  • 2010年1月9日(土)

案内人

  • 降旗千賀子(目黒区美術館)

解説者

  • 沢良子(東京造形大学)
サンプルイメージ

 熱海駅の近く、初島が遠望できる絶景の斜面にある、ブルーノ・タウトが設計に関わった、
実業家日向利兵衛の別荘「旧日向邸」を見学します。タウトは、建築家上野伊三郎らが立ち上げたインターナショナル建築協会の招きに応じ、1933年に来日しました。タウトを桂離宮に案内したのが伊三郎で、日向邸には伊三郎の設計した椅子の解体部品が残っているのを今年の春確認しました。日向邸の母屋は、渡辺仁によるもので(上野の東京国立博物館本館を設計した建築家)、1936年に、母屋の庭の下に部屋(地下)をつくることになり、タウトが地下室の内装を手がけました。細長く海を眺める庭に面した、「卓球室」と呼ばれる部屋に、竹の手すりを伝わりながら降りていくと、いかつり漁船のランプを思わせる照明器具が連なり、その先には、今もまだ謎を秘めた雛壇のある深紅の色彩空間が広がりっています。サンプルイメージ

 タウトが日本滞在中に関わった建築としてはこの日向邸が唯一で、2006年に重要文化財の指定を受けました。今回は、熱海市にお願いして特別に組んで頂き、2階部分も拝見できることになりました。
 その後は、熱海の三大別荘の一つとも言われたゴージャスな「起雲閣」(1919年内田信也邸として竣工、1925年より根津嘉一郎邸となる)も見学します。


行程

9:00 熱海駅前集合
9:30−10:30 A班「旧日向邸見学」、B班「池田満寿夫邸見学」
10:45−11:45 A班「池田満寿夫邸見学」、B班「旧日向邸見学」
11:45−13:15 自由行動、昼食
13:15 起雲閣集合
13:30−14:30 沢良子先生によるレクチャー
14:30−15:30 「起雲閣見学」  
15:30解散

「タウトの遺産〈旧日向邸〉訪問」報告記事田中洋江 TANAKA Hiroe(飯田女子短期大学)

2010年1月9日(土)の遠足は、建築家ブルーノ・タウト(1880〜1938年 明治13〜昭和13年)の設計が日本で唯一残されている「旧日向邸」を見学するため、静岡県熱海市春日町を訪れた。


旧日向邸外観

 朝9時、JR熱海駅集合。案内人の降旗千賀子さん、解説者の沢良子先生を含め29名が集まった。 
駅から8分ほど静かな住宅地を歩くと、細道の先に旧日向邸があった。玄関前から見上げると、威張ったところのない2階建ての小さなお家に見えたが、実はこの地下にタウトの設計した離れがあるのだった。

旧日向邸図面

 沢先生や旧日向邸のリーフレットによると、1933(昭和8)年、実業家 日向利兵衛(ひゅうが りへえ 1874〜1939年 明治7年〜昭和14年)が、この土地を温泉付分譲地として購入し、銀座和光や東京国立博物館などの設計で知られる渡辺仁が主屋(1、2階)を設計した。相模湾に面した急傾斜地のため、土留めの代わりに鉄筋コンクリートで地下室が作られた。日本人数人が、タウトが日本で建築設計できるよう日向さんに頼んだことで、1936(昭和11)年、タウトが地下室を利用して離れを設計した。ここにタウトの作品があることは、村松貞次郎、山口廣、長谷川堯などの建築史家が、日本の明治以降の建築の歴史を編纂するなかで1974年に確認したという。日向氏の死後、1952(昭和27)年からは企業の保養所(日本カーバイト)として使われたが、東京在住の女性の寄付のお蔭で、2004(平成16)年に熱海市が買い取った。2003(平成15)年にDOCOMOMO選定建築物に選定され、2006(平成18)年に重要文化財(建造物)に指定された。現在は一般公開されている(事前予約制 土日祝日開館)。

 2グループに分かれ、沢先生のお話を伺いながら見学。2階の窓は、海の波だった。参加者は代わる代わる窓辺に立ち、「大島が見える!」などと気持ちよさそうに言い合った。そして、いよいよ地下に下りて行った。 
地下は、海側に大きな窓が開いて、大海原を借景にしている。急傾斜地のため、平らな面を広く確保できないが、その傾斜をそのまま生かすようにして、部屋が数段の階段で上下二段に分かれ、段違いになって奥へ細長く延びている。

 タウトは、社交室(ピンポン室、舞踏室)をベートーベン、洋間をモーツァルト、日本間と日本風ベランダはバッハに例えている。  
窓はアルミサッシに変えられていたが、当時はどんな窓枠、鍵が付いていたのだろうか。個人的には、昔の窓の鍵の形を見ることにも興味があったが。
地下室への階段の手すりは、体重をかけて寄りかかったら耐えられそうにない華奢なものだそうで、日本趣味の不思議なものを付けてしまった感じだ。(写真「地下の離れ」右下の手すり)

       
地下の離れ                        タイルが美しい1階浴室 

 沢先生のご説明の中で、タウトは、天井や壁面下部に「桐」を選んだが、日向氏は天井に桐を使うことを嫌がった。理由は、下駄にも使う木を頭の上にある天井に使うのは嫌だということだったそうだ。しかし、桐は使われたという。日向氏は、地下のデザインを気に入っていなかったそうだ。タウトは、トルコで建てる時はトルコの風土に合わせて設計するなど、アイデンティティを強く意識していたそうだが、「木の文化」の日本で、木に対する日本人の気持ちを汲まなかったのはなぜかと疑問に思った。クライアントを説得しきれないまま施工してしまったのはなぜだろう。木の模様や色という単純な違いのほかに、その木を選ぶ(選ばない)理由がある。文化の違う相手の心情、感覚を理解することは本当に難しい。そんなことを考えながら、お話を聴いていた。

 午後は、熱海駅から20分ほど歩いた所にある起雲閣で、沢先生のレクチャーを伺い、建物や庭園を見学。 
レクチャーでは、タウトの描いた風景画(パステル)などの資料を見ながら、彼は絵描きになりたかったが、絵描きでは経済的に不安ということで断念したということ、アーノルト・ベックリンの絵に惹かれていたことなどを伺った。そして、タウトのドイツでの評価は、集合住宅の建築家で、12000もの集合住宅をつくった、それ以上でもそれ以下でもない、とのことだった。(この他にも、たくさんのお話あり)

 起雲閣は、1919(大正8)年に政治家 実業家 内田信也の別邸として建てられ、その後、根津嘉一郎の別邸となり、さらにその後、桜井兵五郎によって旅館となった。持ち主が変わるたびに建物が増え、何棟も建っているが、それが小さく見えるほど敷地が広く(3000坪)、庭園が広々としている。現在は一般公開され、2002(平成14)年に熱海市指定有形文化財となっている。


起雲閣の一室

 15時30分頃解散。温泉に入りたい人は、木下直之先生のご案内で福島屋旅館へ。私は時間の都合で参加できなかったが、知る人ぞ知る温泉らしい。

 ご案内くださった先生方、スタッフの皆様、ありがとうございました。


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