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第27回 八十八夜の遠足  「荒川・隅田川、船上から江戸東京を体験する」

日程

  • 2008年5月2日(金)

案内人

  • 平井利一(文化資源学会員)

解説者

  • 永井達也(文化資源学会員)
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隅田川と荒川は、そこに架かる橋とともに、江戸・東京の発展に大きな役割を果たしました。今回の遠足は、この二つの川(都内)を船でたどります。したがって、隅田川と荒川に架かる都内の橋をすべて川面から見ることになります。
 これらの橋は、大正15年に完成した永代橋、昭和初期の蔵前橋、駒形橋、清洲橋などから最近完成したものまで、幅広い年代のもので、構造や工法も多岐にわたっています。これらの橋を形態や様式、景観との関わり等の視点から、一日ですべてを見比べてみることは、大変有意義であると考えます。
 なお、清洲橋、永代橋、勝鬨橋は、平成19年に重要文化財(都道府県が管理する橋としては初めて)に指定されています。また、今回の出発点にある旧岩淵水門は、今年東京都歴史的建造物に指定されました。


第27回八十八夜の遠足「荒川・隅田川、船上から江戸東京を体験する」報告高嶋竜平 TAKASHIMA Ryuhei(法政大学女子高等学校)

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 江戸時代の物流を支えた隅田川、発展する都市東京を水害から守るために建設された荒川放水路。この特徴ある二つの河川を船で巡り、比較することが出来るなんともぜいたくな遠足会が実施された。

 集合は東京都北区の荒川知水資料館。この施設は国土交通省荒川下流河川事務所と北区によって運営されており、荒川の流域に関する資料、治水事業に関する展示、荒川に生息する魚の飼育展示などがある。今回のコースを予習するのによい施設である。

 集合時間になり、資料館のすぐそばの荒川河川敷へ。土手にあがると、旧岩淵水門が目に飛び込んでくる。東京都歴史的建造物に指定されたこの水門は、荒川を荒川放水路と隅田川に分岐させるために建設されたもので、建設の責任者である青山士は、パナマ運河建設にもかかわった技師である。荒川知水資料館にも青山に関する展示がある。水門としての機能は下流に設置された新岩淵水門に移されており、旧岩淵水門は解体が検討されたようだが、保存を求める声があがり、現在に至る。

 文化資源学会会員はやはりこの手の建築物につい目を奪われてしまうが、水門のすぐそばにある船着き場には、すでにこれから乗り込む船が待っている。促されつつ船内へ。船は隅田川で見かける水上バスのような外観だが、治水事業の視察などに使うためのもので、リクライニング式の座席を備えた豪華な客室を備えていた。普段は河川パトロールに使用しているとのことである。

 船はまず、荒川放水路を下る。荒川放水路は隅田川に流れ込んでいた荒川の水を、別ルートで東京湾に流すために設置した人口河川である。したがって洪水対策のために河川敷が広く取られ、高い土手が設置されている。そのため荒川放水路に架けられる橋は大規模なものが多く、また近年になって流域の住宅地化が進み多くの橋が必要となり、比較的新しい技術で建設された橋梁が多い。特に左岸に寄り添う首都高速道路中央環状線は、高い橋桁をもった箇所や斜張橋などがあり、さながら現代架橋技術の見本市のようになっている。扇大橋、鹿浜橋……なじみのある橋が続くが、川面からみると、まったく違った橋に見える。

サンプルイメージ 今回の遠足は橋梁の見学とともに、河川の利用についても様々な体験をすることができた。ハイライトは荒川ロックゲートの通行。平成17年から利用が始まった閘門で、荒川放水路より水面が低い旧中川を結んでいる。旧岩淵水門を出て約1時間ほどして、船は大きく右に曲がり、水門をくぐりドックのような区画に入る。すると、今くぐった水門が閉じられ、構内の水位が旧中川と同じになるよう少しずつ下げられていく。そして水位調節が終わると、前方の水門が開き、旧中川へ進入する。船は少し進み、やや広い区画のところで180度ターンして、再び荒川ロックゲートに進入。さっきとは逆で今度は水位が上げられ、正面の水門が開くと、再び荒川放水路に戻った。ただ閘門の機能を体験するためだけに旧中川に寄り道したことになる。水門の開け閉めの動力費、管理のための人員の人件費など、それなりの費用がかかっていると推測されるが、利用料は無料とのこと。災害時に水運を物資輸送に活用するために作られたもので、経費を回収する、という性格の設備ではないのだろう。

 再び荒川放水路を進む船は、川幅がさらに広くなり、シジミ漁の船を横に見ながら京葉線の大鉄橋をくぐると、東京湾に進入した。ここからは隅田川を目指し、東京港を横断する。船は大きく揺れながら、外洋航行用の船が並ぶ埠頭をかすめていく。船体は河川を航行することを想定したものなのだろう。波が穏やかな東京湾とはいえ、たびたび波が船窓にかぶる。駆け込むように隅田川に入っていくが、隅田川河口もまだ東京湾の影響で波が高い。浜離宮の緑を眺め、築地市場を左に見るあたりから揺れもおさまり、再び川の旅となった。

サンプルイメージ 隅田川は江戸時代より物流の大動脈として機能してきた河川であり、また大正・昭和初期に建設された清洲橋、永代橋、勝鬨橋は重要文化財に指定されるなど、歴史的にも意義のある橋梁が数多くある。もっともこの区間は日の出桟橋〜浅草の水上バスが通るルートであり、おそらく十数回は通ったことがある。しかし、荒川放水路の旅を経てからだと、非常に新鮮である。時代ごとの架橋技術を駆使した様々な橋梁を、荒川放水路で見てきた橋梁とともに見比べることが出来るからである。また護岸の方法なども荒川放水路とは全く違った工法で行われており、そそり立ったコンクリートの壁が続く景観は、荒川放水路と比較してこそその特徴が際だつものといえるだろう。

 右手にアサヒビール本社をながめると、浅草。ここから上流は、未知の景観である。しかし、モニュメントとなるようなものはあまりない。船内はいねむりする人も多く見かけるようになった。千住大橋を過ぎると北区の工業地帯を縫うように船は進む。やがて、新岩淵水門をくぐると、右手より荒川放水路が合流し、出発地である旧岩淵水門前の船着き場に到着した。全行程約4時間、様々な河川の姿を見ながらの船旅であった。


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