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第10回 立春の遠足 「川越「蔵造り」の町並みと「旧織物市場」を歩く」

日程

  • 2005年2月20日(日)

案内人

  • 春日恒男(芝浦工業大学中学高等学校)
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1960年代、高度成長期の日本各地では歴史的な集落や町並みが急速に失われてゆきました。その結果、全国的に保存運動が高まり、1975年、文化財保護法改正により伝統的建造物群保存地区制度(以下、伝建地区制度)が成立し、現在、国が選定する重要伝統的建造物群保存地区は57市町村64地区(2004年7月6日現在,文化庁HPより)に至りました。しかし、このように伝建地区制度が広がりつつある一方、単なる「器の保存」になってしまったところも多いと聞きます。伝建地区制度成立から30年、町並み「保存」は新たな段階にさしかかったように思われます。

埼玉県川越市川越「商家町」は1999年12月1日に重要伝統的建造物群保存地区に選定されて以来、東京周辺の歴史的観光スポットとして注目を集めてきました。2001年11月には、この地区の隣接地域で「旧織物市場」保存を訴える住民運動が起こり、現在も進行中です。この運動は、近年、話題の近代産業遺跡保存問題や地方都市における地域活性化問題とあいまって、「保存」と「活用」をめぐる様々な問題を投げかけています。

  ある「建造物」が、どこから「資源」となり、どこから「ゴミ」となるのか(「旧織物市場」は文字通り「ゴミ=廃材」と化すところでした)。また、それが「資源」であるならば、どのような「活用」が可能なのか、また、そもそも「活用」とはどういうことなのか。現在、各地で新たな段階にさしかかっている「歴史的集落、町並み、建造物の保存」の問題について、この川越の町を手がかりに再考してみたい。それが今回のテーマです。

今回は、まず「蔵造り」の町並み(重要伝統的建造物群保存地区)を、次に保存運動が現在進行中の「旧織物市場」を見学します。それぞれの場所では現場で直接かかわっている方々からご案内とご説明を伺います。「旧織物市場」見学後、保存運動をされている方のご自宅(このお宅自体も都市景観重要建築物)で、保存運動の現状と問題点いついてお話を伺います。昼食は、昨年10月、昭和初期のオリジナルデザインを復元修復し、レストランとして活用されている「太陽軒」(国登録有形文化財)でとる予定です。また、現在、保存が検討中の「鶴川座」跡地、「鏡山酒造」跡地も外から見学したいと思っています。


行程

  • 10:00 西武新宿線 本川越駅改札前 集合
  • 10:00から12:30 「蔵造り」の町並みを歩く
    現地案内と解説:荒牧澄多氏(川越市役所 まちづくり計画課・都市景観係)
    →「鏡山酒造」跡地(外から見学)→「鶴川座」跡地(外から見学)→「大正浪漫通り」→「蔵造り」の町並みを歩きながら見学
  • 12:30から13:20 「太陽軒」で昼食
    川越協会礼拝堂→(川越街道沿いの町並み)
  • 13:30から14:00 「旧織物市場」見学
    現地案内と解説:小島延夫氏(川越織物市場の会)
  • 14:00から15:00 講演「旧織物市場保存運動の経緯と問題点」
    講師:小島延夫氏 会場:小島氏邸
  • 16:20 東武東上線 川越駅改札前 解散


歴史的建造物の再生・活用の行く末は 春日恒男(芝浦工業大学中学高等学校)

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2005年(平成17)2月20日、参加者一同は西武新宿線の本川越駅前に集合した。ここで当日の現地案内人、荒牧澄多氏(川越市まちづくり計画課・都市景観係)と落ち合った。午前中は、本川越駅→「鏡山酒造」跡地→「鶴川座」跡地→「大正浪漫通り」→「蔵造り」の町並みの順で、市街地を北上しつつ見学する。昼食は、「蔵造り」の町並みの小林家住宅でとる。午後は、「旧織物市場」を見学し、そこで小島延夫氏(川越織物市場の会)からお話を伺う。同氏邸(都市景観重要建築物)見学後、市街地を南下し、東武東上線の川越駅前で解散の予定である。
まず、本川越駅前で荒牧氏より「川越市」の説明を受ける。埼玉県川越市は都心から西北に35キロ、人口33万人の中核都市である。この町は現代的商業集積地としての新市街地(南部)、城下町を原型として観光で賑わう旧街地(北部)の二つの中心を持つ。本川越駅・川越駅周辺は前者、「蔵造り」の町並みは後者にあたる。また、城下町川越は14世紀、太田道灌の築城を起源とし、江戸時代は幕府の関東支配の拠点、舟運による物資集散の地として繁栄、今日の旧市街地の原型ができた。川越大火(1893年)後、現在の防火性の高い蔵造りの町並みが整備される。しかし、明治・大正にかけて旧市街地の南部に鉄道駅が立地し、舟運廃止後、南部に商業が集積する。こうして旧市街地中心部は衰退してゆく。
「蔵造り」の町並み保存運動の端緒は、1971年(昭和46)の旧小山家住宅(現在、蔵造り資料館)取り壊し反対と一番街マンション建設反対の住民運動だった。次の重要な転換点は、1983年(昭和58)の「川越蔵の会」結成である。この会は川越市初の住民組織だった。この組織の強みは、構成メンバーとして地元住民以外に、市外在住者、大学の研究者、都市計画・建築の専門家を加え、さらに市役所内部の賛同者が黒子になった点にある。この会は「町並み保存による町の活性化」ではなく、「町の活性化による町並み保存」を主唱した。その後、この会を中心に「町並み委員会」「町づくり規範」が整備され、1999年(平成11)の重要伝統的建造物群保存地区(伝建地区)選定に繋がってゆくのである。しかし、このように保存運動は一応、成功したかに見えるが、課題も依然として残されている。第1は、伝建地区の交通渋滞と自動車の振動による建物の劣化である。第2は、伝建地区と中心商業地との中間地域の衰退である。第3は、行政が保存のため買い上げた建物の活用方法である。
次に、最初の見学地、鏡山酒蔵跡地へ行く。鏡山酒蔵は、1875年(明治8)創業の川越を代表する造り酒屋だったが、2000年に廃業。約3,000平方メートルの敷地には酒蔵など7棟がある。2001年に川越市が取得し、2004年に国の「地域再生計画」に認定された。今後の活用案には前述の「川越蔵の会」が支援しているという。ここはまさに伝建地区と商業地区の中間点だ。なるほど駅周辺の繁華街のはずれにあるが、旧市街の観光地には遠い。このあたりは急に人通りが絶え、その衰退を肌で感じる。しかし、敷地内には白壁の堂々とした酒蔵が建ち、樹齢100年近い楠も聳えている。市がこの施設を保存したのは賢明だったといえよう。是非とも衆知を集め、有効活用してもらいたい。
通りを北上して、2番目の「鶴川座」跡地を見る。ここは元々芝居小屋だった。1900年(明治33)に「川越座」から「鶴川座」と改名。大正期には活動写真を上映、1960年(昭和35)、映画専門館となり、1998年に閉館した。外観は古いが、戦前のモダンなデザインがおもしろい。後述の「川越織物市場の会」はその「再生・活用計画案」で川越祭お囃子連の練習場等の音楽稽古場、イベント・各種発表会場としての活用を提案している。しかし、このあたりもシャツター商店街の閉塞感が漂う。中間地域活性化の課題は切実である。
いよいよ「蔵造りの町並み」である。ここは賑やかな観光地で、人通りも多い。歩きながら説明を受ける。とりわけ、山崎家住宅(1905年〈明治38〉築)「通称 お茶亀屋」店舗奥の土蔵扉は素晴らしかった。その壁面は「江戸黒」という漆喰塗り仕上げで、鏡のようである。昼食場所の小林家住宅(明治26年築)住居部分は軽食レストラン、店蔵部分は菓子店店舗として使用されている。店蔵、オク(住居)、庭、文庫蔵と連続した屋敷配置は川越の町屋の典型である。しかし、トイレ等は隙間風も入り、住環境は厳しい。保存と生活の両立がいかに難しいかを実感した。
昼食後、賑やかな伝建地区を離れ、寂れた「鶴川座」跡地の近くに戻る。そこに「川越織物市場」跡があった。ここで案内人は荒牧氏から小島延夫氏に代わる。同氏によれば、この建物は1910年(明治43)に建てられた、関東で唯一完全な形で現存する織物市場遺構だという。市場廃止後、近年まで長屋として使用。2001年(平成13)11月、マンション建設の動きがあり、近隣住民が保存運動に立ち上がったのである。住民の動きは素早かった。マンション建設発表の翌日、「旧川越織物市場の保存再生を考える会」を組織。以後、この会が中心となり署名運動を展開し、行政を動かした。一時はマンション業者による建物解体を防止するため、住民は監視の泊り込みを続けたという。このような緊迫した過程を経て、業者との和解が成立。業者が建物を市に寄贈、市の公社が土地を買い取って保存が確定したのである。2003年、新たに「川越織物市場の会」を設立、「再生・活用計画案」を策定した。この案のポイントは、「川越市のまちづくりとして広域的視点からのアプローチ」「蔵造りの町並みや周辺建物(鶴川座・鏡山酒蔵)との連携」「歴史・文化・教育機能、地域コミュニィティ機能、観光・商業・産業活性化支援機能、都市サービス機能を併せ持つ施設としての活用」である。しかし、小島氏の熱弁にもかかわらず、われわれの眼前に佇む建物は廃屋と化した2棟の長屋にすぎない。その歴史的価値や活用計画を伺っても、現実を目の当たりにすると途方もない夢のように思える。日も傾き、ますます身に凍みる寒気も相まって、歴史的建造物の再生・活用の行く末の厳しさを痛感した。
さて、この遠足から8年の歳月が過ぎた。最後に2013年の現況をお伝えしたい。「鏡山酒蔵」跡地は、2010年10月1日、「小江戸蔵里(くらり)」(産業会館)として見事に再生を果たした。現在、三つの酒蔵は、レストラン、地元名産品販売、イベント会場にそれぞれ生まれ変わり、活用されている。しかし、「鶴川座」跡地は、イベント会場などの活用の試みがあったにもかかわらず、結局、廃屋のままである。ここでイベントが開催された折、筆者は内部を見学する機会を得た。芝居小屋時代の奈落の遺構や大正モダンの2階席もあり、このまま朽ち果てるのは惜しい建物である。「川越織物市場」跡地は、依然として小島氏たちが保存活用運動を継続している。その活動の様子は川越織物市場の会編『川越 商都の木綿遺産−川越唐棧 織物市場 染織学校』(さきたま出版会、2012年)に詳しい。ご一読いただければ幸いである。

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